【仕事】院卒後3回転職をし行きついた今

こんにちは、ぷぷです!

・仕事とは「好きな事」ではなく「やれること」を仕事にすべき。

・「好きな事」を仕事にできる人なんて1つまみ居るか居ないかなんだから夢なんて見るな。

・石の上にも三年いれば暖まる。だから3年は頑張りなさい。

・次の目標が決まりもしないのに仕事を辞めるなんて間違っている。

ぷぷ

世の中こんな言葉で溢れていますよね。

どれも間違いではないと思います。でも、結論から言うと
どれも「正しい」とは思っていません。
なぜそう思うようになったのか、ちょっと長いのですがお付き合いいただけますと嬉しいです。

大学院卒業後石の上にも3年を実行

私は大学院まで音楽をして生きてきました。

恵まれたことに1度も浪人することなく、留年もせず順風満帆に学生生活を満喫。

しかし、日本において音楽だけで食べていくのはかなり厳しいという現実があります。

そして音楽を選ぶよりも、実家から逃れたいという気持ちが強く

とにかく家から離れられる企業への就職をしよう!と寮のある一般企業へかたっぱしから応募。

その中でアパレルの会社にて内定を頂き「ぷぷさんの実家近くだと教育環境が整っていないから寮に入らないか?」と有難いお言葉まで頂戴し即決。

元々「変わった店長の所に配属になったよ」とは言われていたものの、(後々新人潰しで有名だったことが判明)

働き始めて半年は店長から口をきいてもらえなかったり、世の中の思い描く「女の園」を体感しましたが何かをきっかけにアパレルから離れても定期的に連絡を取る関係を築くことができました。

アパレルでの3年は音楽の世界でしか生きてこなかった私にとって、今まで「普通」だと思っていたことが「普通ではない」事を知ったり等、自分がいかに井の中の蛙だったか実感する貴重な体験をしました。

人間関係も落ち着き、仕事にも慣れてきて、順調に販売員としてのステップを上っていたところ

お客様から「しょせん販売員」「あんたと私とは立場が違う」等の言葉があった事をきっかけに

絶対肩書の付いた販売員になって見せる!

とやる気に満ちていた時、世の中のアパレル離れに伴い会社の運営がガラッと変わり

役職者資格があっても、平から役職者になれる見込みがなくなったことを知りました。

それ以外にも入社時とは変わってしまった会社への不満が募り3年を目途に転職することを決意。

既に、同じブランドへ配属された同期は誰一人として残っていなかった事も転職への後押しとなったと思います。

ぷぷ

石の上にも三年を守った人は、何10人といた同期のうち私だけという結果に…

次の仕事を決めての円満退職。さぁ!新しい職場へ!!

退職を決意した頃、私は27歳になろうという時でした。

仕事とは「好きな事」ではなく「やれること」を仕事にすべき。という言葉を信じ自分にあるスキルでなんとか仕事を見つけようとしましたが

院卒×石の上にも3年という時間を過ごしてきたため、周りの同い年と比べると武器になるスキルは販売経験とPCスキルのみでした。

どちらも活かせそうな営業事務の仕事をメインに探すことに決め、シフト制の仕事だった事もありなんとか転職先が決定。

一緒に働いたアパレルの方々からは有難いことに「辞めないでほしい」と言っていただけるような円満退社をさせてもらい、新しい職場での仕事開始前日に退社。

しかしここから転職地獄に陥ったのです。

[voice icon=”https://pulifemsc.com/wp-content/uploads/2019/02/20190226_140742_125-1.jpg” name=”ぷぷ” type=”r”]あれ?なんか募集内容と勤務時間が違くない?[/voice]

勤務初日から新しい職場に違和感を覚えた私。そこから3週間の間に様々な出来事が起こったのです。

社長を含め社員4名、そこにインターンの学生が10名程と派遣さんが1人いる小規模な会社でした。

まず驚いたのは貴重な正社員の一人である社長秘書の表裏が激しい!

社長が会社にいる時には「普通の秘書」なのですが、ひとたび社長がオフィスから居なくなると

派遣さんへ悪態をついたり、インターン生に対してそれぞれ態度を変えたり…

「私子供嫌いだから結婚したり妊娠したら募集内容通り育休とれると思わないで。子供が病気で休みますとか絶対通用しないから辞めてね」と宣言があったり

社長と業務内容について少しで長く会話をすると後々「調子に乗らないでね」と謎釘を刺されたり。

勤務時間も残業無しの定時上がりを約束!と募集内容にありましたが、帰宅が午前様になるのは当たり前でした。

[voice icon=”https://pulifemsc.com/wp-content/uploads/2019/02/20190226_140742_125-1.jpg” name=”ぷぷ” type=”r”]あ、こりゃ私やっていけん。次決まってないけど辞めよう[/voice]

と決意。しかし、見極めるのが遅かった事を実感することに…。

転職地獄の始まりと仕事が決まらないことへの焦り

知識がついた今なら2週間以内で見切りをつけ退社すべきだった!と思うのですが、当時の私は

次の目標が決まりもしないのに仕事を辞めるなんて間違っている。と思っていたので転職先が見つからなければやめてはいけないと意固地になっていました。

しかし、社保に入ってしまうと社歴として残ってしまうため、短期間での転職をするには不利となるのです。

注意

社保に入るには大抵2週間かかる為、転職先は2週間以内で見極めるのが良いと思います

社歴として残れば「なぜ短期間で前職を辞めたのか」と面接で聞かれるのはデフォルトなので、その回答の仕方も工夫しなければなりません。

その頃結婚の話も出てきた為、主人と休みも合わせたいし家庭との両立もしたいという希望もあり前回同様「営業事務」の中から転職を希望していました。

しかし、「すぐにうちを辞められるんじゃないか」という先方の考えを払拭することがなかなかできず転職活動は難航。

その時「なぜ短期間で前職を辞めたのか」という問いに対し

「募集内容と違った為」などと答えていた私もなかなかの能天気さんだったと思います(笑)

自己応募と並行して転職サービスを利用していた為、プランナーさんへ相談したところ

「ぷぷさんの学歴等を見るとわがままな人という印象になるのかもしれません」

というまさかの回答を頂くことに。その理由が…

・女子高から音楽系大学への進学

・大学院を卒業している

・音楽を幼少期から行ってきた

・受け答えがしっかりしているのに前職をすぐに辞めている

・先方が雑談で家族構成を聞いてきた際一人っ子と聞くと余計にハードルがあがる

ぷぷ

…それ色々と色眼鏡じゃん。

心の中でめちゃくちゃ悪態をつきましたが、とにかく仕事につきたい一心だったのでどう受け答えすべきかのアドバイスだけもらいその後フェードアウト。

アドバイス通りにしたところ転職先が無事に決定し、なんとか1か月で新しい仕事に就くことができました。

[aside]

新卒採用でも転職採用でも失敗から何を学んだかを見られています。

私の場合、「なぜ短期間で転職したのか」の問いに対しては簡潔に状況を伝え

「嫌だった出来事」から何を学び、それをどう仕事へ生かしてスキルアップしていきたいか。

という回答をすることにしました。[/aside]

この会社で定年まで働けたらな。は間違い!?

新しい職場は募集通りの仕事内容と勤務時間でしたし、スタートは順調で社内の人ともそれなりに上手くいき、社長とも馬が合い色々と良くしていただいていました。

が、三か月を過ぎたころ直属の上司と二人っきりの時に

「ぷぷさんって〇〇大学卒業だよね?誰か紹介してくれない?」と声をかけられたのです。

まさかの妻子ある上司に(笑)

初めは冗談だと思い、のらりくらりとかわしていたのですがどうやら女性遊びが元々激しい方のようで「本気」で頼んでいる事がわかりました。

人それぞれの価値観がありますし、不倫をすることでそのご家庭が上手くいっているのなら私に口を出すことではありませんが

私の友人をそういった対象で見られていることに腹が立ち、数か月後はっきりお断り。

その後はミスをすると「死ね」「自殺しろ」等と言われるようになっていきました。

(今思えば私の他にも言われている人がいたのでそういう性格の方だったのかもしれませんが)

それでも、「次の仕事は決まっていないし、主人と休みも合わせられる仕事だし、できれば定年までここで仕事を続けていたい」と意固地になっていたら

次第に動悸息切れが始まり、電車を何度も降りるようになり、会社への通勤が苦痛になっていきました。

最終的に軽度の不安障害と過敏性腸症候群になってしまったのです。

診断をしてくれた病院の先生が、「環境を変えて少しゆっくりしたら治りますよ」と優しく声をかけてくださり退職を決意。

仕事を辞めて直ぐに動機息切れが落ち着いてきて、電車にも乗れるようになりましたが過敏性腸症候群は中々治ることがなく今も時々症状と向き合っています。

「事務職は向いてないって言ったでしょ?」の一言

会社を退職した時には既に結婚し、同居していたこともあり主人から「ゆっくり過ごしなよ」と言ってもらいそのお陰で症状が長引かずに済んだんだと思います。

しかし、働かずに家でゆっくりしたり、友達と遊んだりすることに罪悪感を覚え次第に焦りを感じていきました。

元々、「ぷぷは御家で音楽したりして過ごしてればいいんだよ」と言ってくれる主人だったので無理に働く必要は無いのですが

・社会と遮断されている気がする

・主人に依存している気がする

そんな気持ちがずっとあり、三か月ほどたった頃

ぷぷ

事務職でまた仕事を探そうと思うんだけど

と相談したところ、主人がまさかの一言を放ったのです。

「事務職向いてないよって前も言ったのに、どうしてまた事務職に転職したいの?」

ぷぷ

え?どゆこと?でも事務職以外私にできる仕事は無いのに

事務職が向いてないという意見に対して、怒りの感情は全くなく純粋に

「私にできる仕事はこれしかない」という固定概念に縛られていた事に気づかされたのです。

「ぷぷは教職も持ってるし、音楽のスキルもあるし、リトミックの資格もある
お洋服も好きだしきれいでかわいい物が好きでしょ?

どうして好きな事や得意な事を活かせる仕事へ転職しようって思わないの?」

主人の「その仕事向いてないよ」の一言でやっと1番の間違いだった事にやっと気づけたんです。

仕事とはできる事だけを視野に入れなくても、好きな事を仕事にすることも視野に入れて良かったんだという事に。

とりあえず1年社会復帰してみよう

とはいってもすぐに好きな事や得意な事で仕事ができるわけではありません。

スキルを磨いたり、知識を入れたりする時間はどうしても必要ですし

もし個人で仕事をするならばマーケティングの知識なども必要でしょう。そして、それなりのビジョンも描いていかなければなりません。

私の場合半年というブランクが出来ていたのと、29歳という年齢もあり

ぷぷ

次は失敗したくない!ちゃんと自分の「やりたいこと」「好きな事」を見つめなおしてみよう。

と思いとりあえず1年職場復帰としてパート事務を選びました。

仕事とは、自分の人生を有意義に過ごすための1つの手段である

有難いことにパートとして働かせていただいている中で妊娠がわかり、自分の働き方について見つめなおす1つの要因にもなりました。

私自身、まだ元のパートの職場へ復帰するか個人事業主になるか決断しきれていない部分がありますが、それでもいいかなと思っています。

事務として正社員で働いていた時、私は常にイライラしていました。それによって主人に嫌な思いをさせてしまったこともありました。

しかし、パート事務としての居場所があったりレッスンや資格の勉強をしにいく居場所があったり色んな居場所が出来たことにより充実した日々を送れています。

・1つの職場にずっと居ないことは間違いだ

・職場復帰を迷うなんて迷惑だ

そういった意見もあると思います。しかし、大切なのは会社や会社の人たちではありません。

自分自身の人生なんです。

また、世の中の固定概念に縛られて仕事を選ぶ事が正しいわけでもありません。

人それぞれ、合う合わないがあります。

自分の性格や生き方に対してどんな働き方がしたいのか、どんな人生を送りたいのか。

そういった視点で仕事を選ぶことは決して間違いではありません。

長くなってしまいましたが、読んでくださったあなたの人生が有意義になるような就職、転職ができる事を心から願っています!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA